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すべては続きを描くための伏線だった

昨日、夜、雷が鳴った。あまりにもうるさくて、起きた。


まぶたをふたしていても、光が走る。


6月2日にも同じようなことがあった。



なぜ、寝ているのに起こされてしまうんだろうとぼんやり考えていた。仕事に行く時間だ。



前々から、永沢寺に行きたいと思っていた。



でも、ちょうど今週の火曜日にロードバイクが壊れてしまった。


これじゃあ、行ける範囲が限られてくる。


さて、どうしたものかと考え込んでいても、仕方ないので、ママチャリを使うしかない。



仕事先に行くにも自転車だったから、ママチャリになった瞬間きつさを感じる。



仕事の途中でもめまいがする。



まあ、良い。こんなの普通だって思いながら、仕事を進める。




そして、なんとか短い時間の勤務を終え、雨が少し小降りになったところで、永沢寺に行こうと思い、出発する。なんとなくの道は分かる。でも、覚悟ができていない。どのくらいの距離なんだ?

どんな道の先にあるのだろう。本当に知らないことばかり。


行けるのか?こんな条件で。

途中でダメになったら?まあ、良いや。その時は、倒れて、動けなくなって、死ぬだけだって思いながら、距離を調べる。



ちょうどここから19キロ


なるほど。やってやろうじゃん。行き帰り合わせて、38キロか。



だいたい4時間あれば行ける。



山道だとしても、峠だとしても、誰も助けてくれないとしても、行ってみせる。



前なんて、6.1キロの坂道を永遠と押しながら歩いたんだ。できない訳がないって、できる理由をほんの少しずつ集めていく。





そして、最初の関門


有馬富士公園



ちょっとした坂になっている。しんどいけど、ここは、何度か通っている道だ。大丈夫。



上った後は、下る。これ、鉄則。



花山院に行くまでの道は把握している。


そこからが問題だった。




地図の上からでは、高低差が分からない。どんな坂なのか、どんな道なのか、歩いてみないと行ってみないと分からない。



花山院を通り過ぎて、ずっとまっすぐ進む。



坂道があったり、下り坂があったり、その先にあったのは、ただの山と畑と人だった。


長い、長い平坦な道をこぐと、道路工事をしている場所があった。



おっちゃんがこっち通ってください!はい!ってな感じで、通らせてもらった。




そして、どんどん山道に差し掛かる。



川が流れていて、雨が降ったり、止んだりだった。



誰もいない。



たまに自動車やバスが通る。



バスの運転手が休んでいるところがあったりと本当に色んな道があるんだなって思った。



そして、どんどん進んで行くと、滝の音がする。



街にいたときは、寒さは感じなかった。でも、山道を進めば進むほど、冷たくなったような気がして、しょうがなかった。



途中、蛇が車に潰されたものがあった。



来てみないと分からないものだなと思い、どんどん進む。そしたら、蕎麦屋さんが途中にあって、こんなところで営業してんだなーって思いながら通り過ぎる。


そしたら、犬が吠えてきた。足がだんだん重くなって、進めなくなる。



でも、もう一回、犬の方を見ると、私の方を見て、吠えていない犬もいた。


じっと見つめていた。



最近、よくある。


犬に好かれる瞬間が。
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自転車

昨日、自転車が壊れた。



後輪がパンクして、前輪のスポークが折れた。



何回も修理に出して、安いママチャリなら買えるくらいの金額になった。



その時思った。



元々、ママチャリから始まって、このロードバイクを手に入れるために、死にもの狂いで働いた時のことを。




原点が、ママチャリなら、また一生懸命働いて、もう一台手に入れることもできる。



幸い、その時の仕事の後遺症は残っていない。



仕事をやっている時は、本当に手足が痺れ、腰痛に悩まされていたけど、辞めるとなくなった。




それがために、そうなっていた。ただそれだけの話。




それで、もう一つ、自転車で思いついたことがある。



それは、自分の使っていた自転車、ちゃんと修理して置いてたら、自分の子供が大人になったとき、乗る機会とかあったら、なんかおもしろくないか?って。




例えば、サッカー選手が小さい頃使っていたサッカーボールが子供に受け継がれる。



なんか夢のある話だなあって思った。



親が使っていた宝石が子供に受け継がれる。



そういう伏線って面白い。



お母さんが使っていた○○だとか、その子供にとっては宝物のようなものになる。



誰かから見てしょうもないものでも、自分から見たら、最高の宝物になる。



自分の生き方は自分で決めること

ある歌詞の言葉で気付かされた事実

少し前から、直観力が冴えていて、時計を見ると、ぞろ目の時が多い。



16時16分


とか、


11時11分



途中で起きてみると、0時02分とか2時ちょっきりとか、誰かに起こされているみたいに、起きる時がある。





まあ、それから、あと、地震のこと。




東日本大震災のとき、なかなか会えない友人たちとボーリング場に来ていたんだけど、揺れている感じがするって大阪から思った。




そして、もう一人同じように揺れているような感じがするって言った友人もいた。




そして、今日も夜、揺れた感じがして、でも、住んでいるところの地震速報は出てなかった。



だけど、今日も関東で地震があった。





動物的な本能がまだ微妙に残っている。





遠い土地のことなのに、なんとなく分かるのは、それがためだろう。




そんな風に、なんとなく毎日を過ごしていると、突如として、ある歌詞が心に響くときがある。




それは、この前も書いたように思うけど、バンプのR.I.P




ここに誰がいたかっただろう。それが僕にもなりえること こんな当然を思うだけで 眠れないほど怖いんだよ





自分の人生を振り返ったとき、本当にちっぽけでどうしようもないなってことに気付く。




それは、自分の足で、大阪から兵庫、兵庫から大阪を移動したときのことだ。





自転車に乗っているだけ。ただ信号が赤だったから止まってたら、おばちゃんに話しかけられた理、おっちゃんに話しかけられたり、外国人の子供が、車から手を出して、振っていたりする。



ただこいでいるだけ。



別に知り合いでも何でもない。






それがすごい嬉しい。





そして、何度もそういうことを繰り返しているから、他の道を探索しながら、帰ったりするんだけど、見るもの、全部に変化がある。




聞いてほしい。




衝撃的だったこと。



大阪の天王寺周辺で絵を描いている人を見た。



細かい描写。本当に生き写しかのように、美しい絵を描いている人がいて、話しかけたくなったけど、話せなかった。



それから、寝ながら、自転車をこいでいる人がいた。あんなものに乗っていたら、事故って死ぬんじゃないか?って思ったけど、そんな乗り物もあるんや!って思った。



ホンマにびっくりした。





それから、ホームレスの寝床を大阪で見つけた。



猫の臭いがくさかったけど、こんなものもあるんや!って思ったり、ボロボロな服を着ている人もいた。




知らない世界がありすぎる。




家がある人、家族がいる人、家庭がある人、仕事がある人、病気の人、障がいがある人、これからそうなっていく人、そうなっていかない人、そうだった人、世の中にはごまんとそういう人で溢れている。



お前、本当に分かった気になってるだけじゃねーの?ってたまに考える時がある。





この前、ニュースで観た。認知症の母親を殺した長男の話。母親を殺して、自分も死んでやろうと思って、左手首を包丁で切断したって書かれていた。



何度も何度も繰り返し切ったんだろう。何度も何度もごめんなさいを繰り返して痛みに耐えながら、自分の手を切り落としたんじゃないかって。



誰かの手を借りられない苦しみ。どんなに辛かっただろうって想像しても、足りない。




でも、もしかしたら、自分がそういう風になってしまう可能性だってあったんじゃないか?そう思うと、こわくてしょうがない。




逆に、これから先、そういう風になっていく可能性だってあるんじゃないか?って考えると、生きているのがこわい。



もしも

たまにこんな話を聞くことがある。


もしも一番最悪な日が繰り返されてしまうのなら、お前はどうする?


兄が言った。


もしも同じ日が一生続いて同じことを何度も何度も乗り越えるまで繰り返されるのなら、お前はどう生きる?って。



後悔したことが誰でもあるだろう。


例えば、離婚したとか家族の誰かが死んだ、もしくは病気になった、貧乏になった、勉強ができない、友だちと喧嘩した、部活を辞めた、いじめられている、仕事ができないとか。



いくらでも、悩みは出てくる。



でも、そんなの、お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、みんな同じような危険な目にあってきている。

だから、自分だけじゃないって考えると、大した問題じゃないって思う。


乗り越えなきゃずっとそうなるのなら、ずっとやり続ければ良い。


いつ、もう良いよって言われるか分からないけど、でも、許してもらえるまでやり続ける。


それが生きるってことだと思う。



生まれ変わっても同じでなら、さっさと受け入れて自分自身を世界に合わせて生きて行くしかない。



生まれる前から世界はあった。いつ死んでも、またこの世に生まれた時、ちゃんと生きていけるように、この一回を大切に生きて欲しい。



死んでいった人たちは、きっと、何かを思っていたはず。だったら、今やるべきことは、その環境であなたに何ができるか。


それを待ってるんだろう。



願いを託して。





昔の人たちから学ぶ人の生き方、あり方

今を知るには、過去を知る必要がある。



なぜ、そうなったのか。どうして、そうなってしまったのか。どこから間違ってきたのか。



知らなきゃいけないって思ったのは、もう二度と同じことを繰り返したくないから。




夏が近づいてきた。



この頃になると、よく終戦の話になる。



広島、長崎、沖縄、東京、全国各地、死体がそこら中にあったんだ。



食うものも着るものも安心して眠れる場所もなかった。



しかも、それがいつ終わるか分からない。




明日、家族がいなくなる可能性だってある。五体満足で生きていけなくなる可能性だってある。


さて、どうする?



終戦日が来て、その後の暮らしも大変になる。




焼け野原だったところに、家が建ち、町ができ、県ができ、関西、関東など、だんだんと人の棲み処ができ始める。




親がいない子供は施設に預けられ、そこでむごいことを大人にされた子供もいる。




本当かどうか調べたこともないけど、Rainbowでそういうシーンが描かれていたことを覚えている。




大人たちは、町の復興に駆り出され、町を作っていく。



その当時、お米もない。安心して飲める水もなかったんじゃないだろうか。





その影響が各地に出る。




日本の公害



水俣病やイタイイタイ病、四日市ぜんそくだ。



その前にも、公害問題はもう起きていたように思う。


それが、足尾銅山鉱毒事件




昔、思った。日本史を勉強しているときに、もし、死んでいった人たちの名前とか人生とかを知れたらどんなに良いか。




考えてみてほしい。



ある日、突然、病気になる恐怖を。



公害事件っていうのは、自然を人の知識でどうにかしようとしてした結果、人体に悪影響が出た。


毎日、同じ水を飲んでいたはずなのに、変な味がする。それしか飲む水がないから、飲み続けていたら、血を吐いた。節々が痛くなった。医者にも行っても分からないとしか言われない。


せっかく、植えた苗まで枯れてきた。もうすぐ収穫だった野菜も枯れた。



さて、どうする?





誰の言葉を信じ、どうするのか。



自分にコントロールできるものとそうでないものがある。



自分の中で何ができるのか。



これに尽きる。



学校という教育現場に何年もいたが、そこで学んだのは、自分だけの力じゃどうにもならないことも誰かと協力したら、できるようになる可能性が生まれるってこと。



挫けそうになる時も、諦めてしまいそうになる時も、いなくなってしまいたいと本気で思った時も、誰かがいてくれたから、自分の存在意義が生まれる。





この前、テレビ観て思った。

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