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日々の事  ロック君、噛まれる!



 え~、ロック君が予防注射をした翌日、つまり月曜日のことである。うちに帰ると奥さんが血相を変えて報告する。

「今日、ロック君がよその子に噛まれたの!」
「ぬわにぃ~っ!!!」

 詳しく聞いてみると、明確にガブリとやられたわけではないよう。いつもの散歩をしていると、唐突にコーギーが向こう側から走ってきたという。みるとリードもついてないし、リードを持ってる人間がいない。
 で、向こうは唸って喧嘩腰。ロックも臨戦体制。ヤバい! と思って慌ててロックを抱き上げたが、わずかにロックのお尻側にコーギーがかぶりついたらしい。しかしまあ、とりあえずその場での明確な惨劇はなかった。

 その後からコーギーの飼い主の中年女性が、慌てて駆けてきたらしい。で、女性いわく、「どうしたいですか?」。(いや、どうしたも、こうしたも…)と思ったらしいが、どうもその中年女性、その後形だけは謝罪するもののイマイチ誠実味がないという。
 その女性の言うには、首輪が抜けてコーギーが駆け出してしまったらしい。「こんなことないんですけど…」とかゴニョゴニョ言っていたようである。奥さんはとりあえず相手の女性から名前と電話番号を聞いて引き上げた。

 で、帰ってからロックの身体を調べてみたが、別段目立った傷もない。あまり相手と係わり合いになりたくもなかったので、奥さんは相手に電話して「別段、異常もなかったですから…」と断りを入れたという。
 しかしその後、家で和んでいると、ふとロックの身体に痣があるのに気づいたという。ちょうどお腹の側、下半身辺りの二箇所に、赤い痣があったのである。

 すり傷だとは思ったが、奥さんはロック君を連れて行きつけの動物病院まで行った。お医者さんは「穴が開いてるわけではないですけれど、万が一雑菌が入ってるといけないので」ということで、抗生物質を一週間分出してくれたという。
 お医者さんの話によると、噛まれた傷が化膿して腐ってきたりすることもあるので、一応の注意をしてくれたようなのである。それでこの二・三日飲ませていたみたいなのだが、本人はいたって元気。いつも通り暴れまわっているので、心配はいらないようである。

 ちなみにコーギーというのは、お医者さんの話しによると、ほんわかとした外見とは裏腹に、意外に気性が荒いのだそうだ。それにジャックに比べれば身体もちょっと大きいし、噛む力も強いのだそう。
 コーギーは牧羊犬だが、ジャックは狩猟犬。扱うものとしては、牧羊犬のほうがデカいかも。けどジャックも気性が荒いのでは有名である。ロック君も、できたら喧嘩したかったかもしれない。けどそれもできずに一方的にやられて、ちょっと口惜しかったのかもしれない。

 それでかどうか奥さんの話だと、喧嘩をし損ねて噛まれた日は、ちょっとロック君的にはしょげてたらしい。散歩のときも奥さんと目を合わせないようにしてたという。
 けど僕が帰ってからは、元気だった。どうも安心したらしい。よかった、よかった。なにはともあれ、ロック君の一大危機を救ってくれた奥さんに感謝、カンシャである。
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作品を読む  『重戦機エルガイム』について


 富野由悠季監督作品のなかで、僕が一番好きな作品というのは実は『機動戦士ガンダム』ではない。加えて言えば『伝説巨人イデオン』でも『戦闘メカザブングル』でも、『聖戦士ダンバイン』でも、その他「ガンダムシリーズ」でもない。
 僕が一番好きなのは、『重戦機エルガイム』なのである。

 これはちょっと微妙な意味を孕んでいる。というのも『エルガイム』というのは、富野作品のなかでは極めて「富野っぽくない」作品だからである。
 富野作品というのは、「どちらかといえば情念的」で「人物の自意識が過剰」で「やたらと悲壮感が漂い」「家族関係は憎悪に満ちている」…という感じの傾向性が見られる。

 これに比べると『エルガイム』というのは、作品全体を明るいトーンで行こうという意図が見られ、主人公のダバ・マイロードも爽やかな好青年である。男前で芯があって、剣の腕もたちヘビーメタルの扱いも上手い。実に「ヒーロー」としての資質を備えた言うことない、『主人公』なのである。
 これは引きこもり寸前のパソコンおたくのアムロ・レイだとか、自意識過剰のアフロヘアのクリン・コスモ、有名教育者の母親をもったがためにすっかりグレた族上がりのショウ・ザマなんかと比べると、ほどよい自信と行動力を備えた好青年なのである(ジロン・アモスはちょっと除く)。

 こういう主役らしい主役が、ちゃんと主役をやるのが心地よいのだ。加えてライバルのギャブレット・ギャブレーがまたよい。イケメンで自信家でキザでスカしていて、それで腕もたつのだけどどっか抜けていて愛嬌がある。貧乏なくクセに、ちっともそれを出さずにバブリーな感じがまたいい。
 考えてみると『俺たちは天使だ!』の麻生探偵も、ビンボーなくせにしみったれてないところがよかった。そういうヤツが好きなのだ。このキザなギャブレーと、芯のあるダバのやりとりがよかった。ヒロインではレッシィがよかった。

 しかし加えて言うなら、永野護の『ファイブスター物語』より『エルガイム』の方が好きなのである。永野護の『ファイブスター(以下、FSSと略)』は、『エルガイム』の部分にあたる「反乱軍の王政打倒」の部分を「第二部」に据えた物語と予告されていて、その倒されるべき「王」の方を主役にした物語である。
 しかしこの王は実質的に「神」に近い存在と定義されており、主人公はハナから無敵の存在なのである。これは超越的な主役を描いたファンタジーであって、『エルガイム』のような青年の成長と「体制打倒劇」を描いた物語ではないのである。

 そもそもだけど『エルガイム』は、『スターウォーズ』から明確に、濃厚な影響を受けている。主人公が、帝国に滅ぼされた王家の末裔であること。その主役が反乱軍と合流しながら、最終的に帝国の皇帝を倒すこと。主人公達が武器として、ライトセーバー(『エルガイム』ではパワーセイバー)を持っていること。
 細かく見ていくとその影響関係は様々なところに見出せるが、とにもかくにもその「高貴な身分の主人公が、一度、周辺世界を経巡り、そして力をつけて中心へ帰る」という物語構造が共通しているのである。これは『源氏物語』などにも見られる物語構造なのである。

 このような物語構造のものを、折口信夫の民俗学では『貴種流離譚』という形で概念化されている。これは「高貴な生まれの、弱く、力ない人間が、遠い地をさすらう苦悩を経験する」という形なので、「力をつけて帰還する」という部分は含まれてないことになる。
 しかしその発想の元になった『源氏物語』は「貴種流離譚」の代表であるが、基本的には「中心→周辺→中心」という円環構造を描いている。このループ構造は西洋の王子伝説などにもあるだろうから、『スターウォーズ』がそういう物語構造になったということが推測される。

 この「貴種」が周辺世界を旅して、成長し、味方をつけて中心に帰還するというのは、別の見方をすれば一つ成長物語の典型であるビルドゥングスロマン(教養大河物語)として見ることもできる。しかし「貴種」が「貴種」としての、「品」を持っていることが、この物語構造の一つの魅力であると思うのだ。
 ルーク・スカイウォーカーもどこか「王子様」の坊ちゃん的気質を抱えているし、また明らかにその影響を受けたキャラクター造形であるダバ・マイロードも、やはり坊ちゃん的な育ちのよさを感じる。しかしそのなんとはなしに醸し出される「品」がいい。

 これが『ザブングル』におけるジロン・アモスとの違い、と言ってもいいかもしれない。サトイモみたいな丸顔で、いかにも雑草な感じのジロン・アモスに対して、男前でなんだか知らないけどいつも涼しげなダバは、いかにも「貴種」である。けど、そこがいいのだ。
 この貴種流離譚の物語構造のなかに、「ヤーマン族」という「失われた民族」の挿話が入るとき、そこにはやはり「戦後の日本」という特殊な状況が背景にあるのを感じさせるのである。

 このダバの出身民族である「ヤーマン」が、「Japan=ヤパン」の語感的な特徴を引き継いでるのは言うまでもない。このヤーマン族は皇帝率いる帝国軍に滅ぼされ、ダバはその王子かつ唯一の生き残りなのだ。
 そしてこのヤーマン族が残した遺産が主人公メカ・エルガイムであるという設定も泣かせる。「ヤーマンのシステムは素晴らしい」と帝国側の技術者に言わせるなど、ヤーマン族が工業技術に優れた民族だったことを臭わせる設定となっているのだ。

 そしてそのロボットは「A級/B級」とランク付けされた帝国承認のヘビーメタルに対して、クラスが判らないのにくわえて華奢な概観の割りにハイパワーの機体であるエルガイムがその特殊性を演出する構造なっている。
 これは例えば、小さかったけれどスピードと小回りで米軍機を撃墜していたゼロ戦なんかのエピソードを思わせる、「日本的機械」の非常に重要な特徴なのだ。またその主人公メカであるエルガイムが、「純白の機体」であるというのもよかった。

 「白」というのは特に、日本人の好む色である。白は聖なる色、何者にも染められていない穢れない「清らかな色」なのだ。例えば神主の装束や、白無垢、国旗や障子の色にいたるまで、日本の生活に密着した「白」の根深さは例に事欠かない。
 無論、西欧でも白は重要な色の一つだが、例えばドイツでは「黒」が聖なる色だし、主要先進国の国旗のなかに「白」が入っているのは日本くらいである。日本の白好きは、結構、特徴的な現象である。

 西洋絵画に対して特徴的に言われるのは、日本の絵画・デザインにおける「余白の美」である。敢えてビッシリと描きこまずに、その描きこまない「白」の部分を愛でるという感性が日本人の美意識の一つの形としてある。
 しかしこれに対して『FSS』の主役機は「黄金の電気騎士(ナイト・オブ・ゴールド)』であり、日本的な繊細さから離れた、力強く、永遠の無敵さを象徴する黄金の輝きを持っているメカとなっている。これだけでも『FSS』と、『エルガイム』が全く異なる作品だということが言える。

 しかしそう考えてみると、富野由悠季と永野護という二人のクリエイターに多きを負っているにも関わらず、「富野作品」らしくなく、また「永野ワールド」でもない『エルガイム』というのは、ちょっと変わった作品なのである。
 その異色の才能がぶつかりあい、また多くの人の手によって作られた『重戦機エルガイム』が、僕にはなんとも言えない魅力を持っているのだ。恐らくそれは、二度とは起きることのない偶然の産物なのだろうということもまた、承知なのである。

日々の事  酔いつぶれたり、PC買ったり、桜とロックだったり



 どういうわけだか、『夢色パテシエール』が面白い。日曜の朝にやってる少女アニメなのだけど、パテシエを目指してる少女が、イケメンの三人組「スィーツ王子」たちと頑張る話だ!

 …こう書くと、すっごいアホみたい。けど、頑張る女の子と、スィーツに宿るスィーツの妖精みたいのが、「それってモロに守護キャラじゃね?」という感じなのが面白いのだ。…いや、違った、女の子がスィーツを通して頑張ったり、人の心をほぐしたりするのがいいんだよ。ついでにスィーツ王子たちの絵に描いたようなイケメンぶりがいいんだよ。
 けど、日曜の朝にこんな早起きはなかなかできない。三回に一回も見れてないな。けど、今朝はなんだか見れた。やっぱり面白い。今朝は珍しく、奥さんと一緒にロックの朝の散歩に出たりした。

 さて、話は遡りまして諏訪に行った翌日の日のこと。朝からパソコンを二人でいじってると、奥さんが声をあげる。「ネットにつながらない!」。
 見ると、無線LANの電波は来てるけど、どういうわけかページを開こうとしない。散々、原因を調べて問題を回復しようとしたけど、結局判らずじまい。

 実は以前にも、奥さんが使っていたデスクトップの方は同じ症状になったことがあったのだった。その時は結局、無線LAN用のパーツを一端引っこ抜いて、もう一回差し込んだら再設定できて修復したのだけど、今度はそれもできない。もうお手上げである。
 大体、上の書斎にあったデスクトップを下に下ろして使うのは、若干ながら問題含みだった。デスクトップの配置の関係上、ちょっと寒くてもそっち側は「コタツにあたりながらパソコンはいじれない」。また、デスクトップを向いてる時は、「テレビが背中側にある」。

 で、僕はコタツにあたってノートをいじりつつも、奥さんはひざ掛けで背中側のテレビを振り返ってみながらパソコンをいじる、という生活が続いていたのだった。実は我が家では僕の方が冷え性で、お腹を壊しやすいので、こういう配置になったわけである。
 しかしできたら二人ともコタツに入っていたいし、パソコンをいじりつつテレビを見るという、ちょっと情報過多気味の生活を送りたいわけである。そこで「ネットブックかミニPCでも購入しようか」という話は出ていたのだ。

 で、諏訪に行った翌日の午前、ついにそういう形で不可避的にデスクトップの方でネットができなくなってしまった。そこでもう思い切って、「新しいパソコンを、なるべく安く購入しよう」という合議になり、いざ電気屋へと向かったのである。
 ネットブックなんかは新しいプロバイダーに入会したりすると安いが、うちはそのつもりはないし、家のなかで無線LANを使うつもりである。そうすると小さいものでも、大体5~8万くらいはするのだった。

 で、結局ネットブックではなく、型落ち品のDELLのノートパソコンを5万弱で見つけたので、それを購入してきたのである。OSはVISTAだけど、元からあるノートの方はXPモデルを使ってたりするので、全然、問題ない。それほど最新型にはこだわってないよ。
 それで買ってきた新ノートの方は、その日の午後から大活躍。奥さんは反応の早い新ノートをすっかり気に入ってしまった。というのか、そもそもSOTECのデスクトップの方が、どうにも何かと不便だったのだ。

 WINDOWSの立ち上がりは遅い、ネットの切り替えも遅い、色んな仕事も古いモデルのノート(LAVI)の方がどうにも早い。どうしてVISTAモデルなのに、数値上はノートより性能いいはずなのに、こんなに色んな仕事が遅くて使いにくいんだというのは、一致した見解だった。
 そんなわけで奥さんはすっかり新ノートをお気に入りで、今も隣で使っている。で、デスクトップの方は、それはそれで放置するわけにもいかないので、週末に二階に上げて元に戻した。

 ネットにつなげるのかどうかの不安があったが、何のことはない、有線でつないだらあっさり何の問題もなく表示するようになった。エラーチェックもして、とりあえずデスクトップの方も落ち着いた感じがした。
 今度は新ノートに、色々なソフトを入れる番である。ワープロソフトが全然入ってなかったので、我が家では標準仕様のOASISを入れて、Officeもインストールした。そしてうちの標準プリンターである、Canonのレーザープリンターのデバイスを入れようとした時のことである。

 どうもこれがうまくいかない。どうやらプリンターが古すぎて、旧来の付属CDではインストールできないのだ。そこでオンラインのサービスを当たるが、これがどうもうまくいかない。何故? 同じVISTAモデルでも、上のSOTECは問題なく使えるようになったので、そこになんの疑問も感じてなかった。
 しかしどうやら、新ノートには、プリンターのデバイスは古すぎて、「対応予定はありません」のようなのだ。同じVISTAでも、「32bit」の方は対応ソフトがあるのだが、64bitの方は「対応予定はありません」になってる。…え? 新ノートでは使えないってこと?

 その時、不意にSOTECの声が聞こえるような気がした。「あ、オレ、ちょっと古いほうが使えるッスよ。全然、問題ないッス。大体、なんでも早かったり、新しかったりすりゃあ、いいってモンじゃないッスね」。
 ……ちなみにコレは、最近ハマってる『未来講師めぐる』に出てくるユーキ君の口調。ヒロインの深キョンに、アホながらも健気な愛を捧げるイケメンの青年だ。宮藤官九郎の脚本がめちゃ面白い。

 のは、いいのだが、結局、新ノートでプリンターを使うのは諦めた。デスクトップはそのノロさ、古さでその存在感をアピールしたのである。そう考えると、今まで「ちょーノロっ! バカかコイツ!」とか言ってたデスクの方も、ちょっと愛らしいような感じがしてきた。まあ、全てヨシとする。

 さて、今日はロック君の狂犬病予防の注射の日だった。桜並木のいつもの散歩道を抜けて、お昼に三人で市役所の出張所に向かう。到着すると既にちょっとした行列が出来ており、落ち着きのない子がしきりに吠えてたりした。
 ロック君は結構、おとなしかった。なかなかエエ子や。注射のときも暴れたり鳴いたりせず、すんなり注射された。けど本人なりに緊張したらしく、今日はちょっとお疲れ気味でその後はグウグウ寝てた。

 そうそう、諏訪で買ったお酒の話である。まずその前に、以前に買った江戸時代創業の群馬のお酒『赤城姫』だが、これはまあまあすっきりとしていいお酒だった。
 諏訪でもっとも有名と思われる『眞澄』は、今日、瓶を開けてしまった。非常に美味で飲みやすい。人気があるのも頷ける味である。これに対して「酒の王」を名乗っていた『神渡』は、普通酒だったせいもあるかもしれないが、それほど好みではない。ちょっと辛口なんだな。僕は甘いのが好み。

 で、ちっちゃい缶を買った『麗人』が、実はかなり美味しいと思った。食事に凄く合い、呑んだ後の酔い方も悪くない。これは一本、瓶で呑みたいと思った。
 もう一つ、小瓶で買ってきた『御湖鶴』。これは「人気蔵元」と八王子の酒屋の看板にも出てるくらいだったので期待したのだが、少なくとも普通酒はイマイチだった。というか、ツンとくる匂いであまり好きになれない。

 で、これを開けた日はどうも「今日は呑み応えがない」という感じになり、お銚子一本開けた後に、『眞澄』をさらにもう半分だけ呑んだ。僕の酒量の限界は、日本酒ではお銚子一本が本来は限界である。しかしつぃっと呑めたので、もうちょっとイケるかと思ったのだ。
 その後でキた。10時半くらいになると、もう起きていられない。「もう寝よう」と奥さんに言ってコタツから出ようとするも、その場に突っ伏してしまった。

 その間に奥さんは歯を磨いて二階の寝室へ。当然、その後から僕が歯を磨いて上がって来るものと思っていたらしい。しかし僕はなんと、その場で寝込んでしまっていたのだ。

「ちょっと、こんな所で寝たら風邪引くよ」
「…んあ?」
 
 そう言って肩をゆすられて起きたとき、僕はもう夜が明けたのかと思った。「絶対、そのまま寝てると思った」という奥さんに、「もう朝かと思った…」と僕。
 いや、家で飲んでて、酔いつぶれたのは初めてだ。これが週末の金曜日とかならともかく、普通に木曜の夜だった。おかげで金曜日は一日、頭も身体もボーッとしたまま仕事をしていた。いや、ビックリである。

 しかし美味しい日本酒は、やっぱり美味しい。今日は鯛のアラ煮に、『眞澄』を美味しくいただいた。今のところ酔いつぶれてない。そうそう、昼間撮った桜が綺麗だった。写真をアップしておく。もう、桜も終わりだな…としみじみ思った休日だった。

 http://mixi.jp/view_album.pl?id=47531315&owner_id=16012523
 

作品を読む  永野護の衝撃



 『重戦機エルガイム』を初めて見たとき、「なんて華奢な主役ロボットなんだろう」というのが最初の印象だった。しかしその「華奢な感じ」こそが、革命的にカッコよかったわけである。

 実質的にはもっと線のメカはこれからもっと出てくるわけだが、エルガイム登場時は革命的と言えるほど線の細い、華奢な印象のメカだった。実際、それは肘や股関節のボール状構造や、膝における二重関節などの必要以上な細かさによって作られる印象だったのである。
 実際にエルガイムというのは、内部の骨格にあたる「ムーバブルフレーム」に外部の装甲をかぶせる、という構造図が描かれた上でデザインされていた。その骨格にあたるムーバブルフレーム自体は極めて脆弱で、そのムーバブルフレームの部分が外装によって覆われてない関節部が、脆弱で華奢な印象となるのである。

 この「内部骨格」と「外部装甲」によってロボットを構成するというのは、少なくとも「ダクラム」では既になされていたことであって、完全に新しかったと言えるわけではない。しかしこのムーバブルフレームのいかにも脆弱な「メカが露出してる」感は、メカデザインに新たなリアリティをもたらす一つの斬新な試みだった。
 ただしこの「内部メカが露出する」というギミック自体も、実は既になされていたことではある。エルガイムのなかで特に印象的なギミックであったのは、脚の装甲パネルが開いてブースターが現れる構造である。
 
 写真1では既に脚の装甲パネルを開いているが、これは常態ではない。この開いた状態で、その脛裏の部分にブースターがついており、ジャンプするときはいちいちこのギミックが稼動してジャンプするという懲りようが、なんとも言えずマニアックだった。
 が、この「装甲を開いてブースター出現」の先駆者がある。それは『タイムボカン』に登場した「メカブトン」である。メカブトンの場合、カブトムシの外骨格化している前翅を開いて、中からブースターの搭載した内部メカが現れるのである。これは実際のカブトムシが後翅を折りたたんで収納しているという魅惑的なギミックを、機械的にうまく表現した例だろう。

 メカブトンは大河原さんのところでも紹介したが、大河原さんの先輩にあたる中村光毅さんのデザインである。その斬新さ、意外性、魅力の素晴らしさは、何処をとっても隙がない。『タイムボカン』に出てくるドタバッタンやクワガッタンなどの他のメカも、実に素晴らしいものばかりである。
 さて話しを永野護に戻すが、永野護が実際にメカブトンやダグラムを意識してエルガイムをデザインしたとは思われない。では永野護は何処からデザインのインスパイアを受けたかと言うと、やはりそれは実際の工業製品、特にバイクの影響が強いのではないかと僕は想像する。

 バイクの構造と言うのは、ネイキッドのものは別として、その構造体に対してカウルをかぶせた「内部構造+外装」の状態になっている。またカウルの下に半分ほどエンジン部が見えるなど、外装と内部のバランスが絶妙な具合でデザインされてるものが少なくない。
 これは車においてはシャーシとボディの関係になるといえるが、車はバイクほど内部のメカを露出させる傾向がない。余談ではあるが、車におけるシャーシとボディの関係を小学生くらいの子供に浸透させたのは『ミニ4駆』ではないかと思われる。この影響がロボットアニメによるものでないのが、少しだけ残念だ。

 またエルガイムは、一部の躯体を布で覆うという、当時には存在しなかったデザイン手法も使っている。これは外骨格のなかにメカを埋め込む式の、「ガンダム」などを比べると一目瞭然で、ムーバブルフレームを一部覆う、という形式だからこそ生まれてきたデザインなのである。
 しかしこの事はデザイン上だけの意味に留まらず、「ガンダム」と「エルガイム」の間の稼動域の差というのも同時に表現しているのだ。ウエスト部や首周りを布で覆った形のエルガイムは、胴体を固定したまま首を回したり、腰を固定したまま胸を動かしたりすることができる。つまり、それだけ稼動域が実際の人間に近いのだ。

 しかし外骨格を隙間なく組み立ててるガンダムでは、腰をひねったり、首を斜め上に向けるなどのポーズは構造上取れない。しかし脆弱なムーバブルフレームに外装をつける形のエルガイムならば、そういうポーズも可能である、という事がメカデザイン上極めて衝撃的な変化だったのだ。
 この稼動関節部を布で覆う、というまとめ方は、その後もっとも日常性に接近したリアルロボットアニメである、『機動警察パトレイバー』の「レイバー」に受け継がれた。その際のデザイナーの出渕裕は、非常にうまく「エルガイム」と、『ザブングル』における「ウォーカーマシン」デザインを取り込んだと言えるだろう。

 さて永野デザインというというのは、その後の『Zガンダム』に極めて濃厚な形でデザイン的な影響を残した。特にどれを取り上げるということはしないが、「永野以前」と「永野以降」では、メカデザインに対するアプローチがグンと変わってしまったとだけは言えるだろう。
 しかしそういう周りの影響をよそに、永野は独自の「神話的」とも言えるメカデザインの世界に入りこんでいく。ここではメカデザインはもはや一つの「様式」となり、リアルさだとか実際性などは問題ではなくなる。

 その繊細なラインはさらに繊細さを加え、複雑な構造はさらに複雑へ。もはやアニメーションとしてトレースしきれないほどの、複雑で線が多く、バランスを取るのが難しい極限まで進化したメカデザインを展開しているのが、永野護の描く漫画『ファイブスターストーリー』である。写真3はそのなかに出てくる「エンゲージ」。
 その中ではメカは「モーターヘッド(電気騎士)」と呼ばれ、一つの芸術作品的価値を持つメカとして扱われている。この極限まで細かくなった永野護の独自な世界はコアなファンを持つ一方で、一般的な市場アニメにはしきれないという原理的矛盾を抱え込んだ。

 しかし漫画作品それ自体も対して進行しないのに、デザイン画集だけは発表され、またファンがそれを購入し、その独自の造形にモデラーが挑む、という不思議な世界がそこに構築されている。結果的にはそれで「永野護」というデザイナーは、現在も活躍中ということなのだ。
 またこのモーターヘッドのモデルが、どうやら結構高価なものであると同時に、作るのに神経を払うものらしい。以前に営業先の家にその一機が置いてあったので、「作るのにどれくらいかかるんですか?」と聞いたところ、「いや、これは一ヶ月くらいだよ」とか平然と応えられた。どうやら、そういうものらしい。

 好き嫌いははっきり別れるだろうが、永野護は間違いなく特異な才能を持ったデザイナーであると同時に、その仕事がメカデザイン界に残した影響もまた、少なくはないということだけははっきりしているのである。

破片群



 
 『魔剣 Ⅸ 』


 その傍らにあった剣を見るなり、男は店主に声をかけた。
「…それを何処で手に入れられたかな?」
 急に声をかけられた小道具屋は、声のするほうに目を向けた。深くかぶったフードに、全身藍色の簡素な服。一目で判る「瞑想者」であった。
「瞑想者ですかい。この剣はどっかからか流れてきたもんだが、どうにも売り手がつかなくて。なんでもこりゃあ、『呪いもの』らしい。おらも持ってるのがおっかねえんだが、引き取り手もなくて困ってたんだ」
「それは使う者を不敗の剣士にするが、必ず破滅の運命を辿るという『魔剣』だ。お前が持っていればお前に身に不幸が起ころう。しかしそれくらいの剣になると、持ち手を選ぶ。引き取り手がなかったのも無理はない」
 瞑想者は感慨深げにそう言った。瞑想者の言葉に、小道具屋は恐ろしげに身を震わせた。
「そうですか、そんなおっかねえもんですか。できたらば、瞑想者さまにこの剣を引き取って……」
 小道具屋がそういい終わらないうちに、不意に一人の体格の大きな剣士が横から割り込んできた。
「おい、その剣をこちらに見せろ。かなりの業物らしいではないか」
 男の目は、何かに取り憑かれたように正気を失っていた。瞑想者は男の様子を見ると、目を細めた。
「…魔性に魅入られおったか。よほどの魔力と見える」
「おい、坊主。そこをどけ」
 男は丸太のような太い腕を、瞑想者の肩にかけた。瞑想者はそれを見る様子もなく、人差し指と中指の二本を、男の眉間に目に留まらぬ速さで突き出した。
「惑わされ者め、起きぬかっ!」
 渇っという気合とともに、瞑想者は特殊な息吹を吹いて指先に気を込めた。すると男は雷撃にうたれたように全身を震わし、そのまま後ろに倒れこんだ。
「…お、お前はいったい…」
「去ね!」
 瞑想者の一喝で、男はほうほうのていでそこを逃げ出した。瞑想者はそれを見送ると、小道具屋に声をかけた。
「この剣はわしが貰い受ける。これは世に出してはならぬ剣じゃ。わしが心中する覚悟で、これを調伏しよう」
 瞑想者はそういう言うとその剣を手に取り、何処かへと立ち去っていった。
「あ…あのお方は……高徳で有名な瞑想者のお方。ありがたいことだ、きっといいようにしてくださるだろう…」
 小道具屋はその背中に頭を下げた。

 瞑想者は剣を抱え、離れた場所にある山中の庵へと向かった。しかしその道程の間、山賊に襲われ剣を奪われそうになること二回、寝てる間に盗まれそうになることが三回。しかしその度に瞑想者は、その法力で剣を奪おうとする者たちをことごとく退けた。
 瞑想者は剣に微笑みかけた。
「ふふ…よほど、わしから逃れたいと見えて様々な手を使いおるな。しかし剣よ、お前の魔性もここまでのものと知れ。わしはお前の本性を知らずにお前に惑わされた者たちを、これ以上増やすわけにはいかん」
 やがて瞑想者は人里離れた山中の庵にたどり着いた。瞑想者はそこで初めて、魔剣を引き抜いた。
 銀色の刀身がぎらりと光を放った。
「…なるほど、見事なものだ。どれほど人の血を吸い、その輝きを増したものか。魔剣よ、今からお前を朽ち果てさせる。覚悟するがよい」
 そう言うと瞑想者は、剣の柄と刃を分解し、まず刃を取り分けた。その上で刀身を、用意してあった塩水に満遍なくくぐらせて浸した。
 その上で瞑想者は湿気の多い日陰の土を選び、そこを浅めに掘ると刀身を埋めた。そして瞑想者は、その埋めた場所の上に座り込むと、静かに瞑想を始めた。
 瞑想者の瞑想は三日続いた。その間、瞑想者は飲むことも食べることもしなかった。四日目の朝に瞑想者は剣を掘り出すと、その刀身を光にかざしてみた。
「うむ…これくらいでは弱らんか」
 瞑想者は塩水を浸したボロ切れに刀身をくるむと、山中に水と食料を求めに出かけた。準備が整うと、瞑想者は再び刀身を塩水に改めて浸し、それをまた土中に埋めた。瞑想者の瞑想も始まった。
 今度の瞑想は水も食料も傍に置いたものだったので、一週間も続いた。その一週間後、不意に庵を若い女が訪ねてきた。
「瞑想者様、お願いです。わたしの子どもが病気で苦しんでいるのです。里へ降りて、どうか救ってください」
 若い女は茨に衣服を破かれて、露になった大腿や胸元を隠しながら瞑想者にしなだれかかって懇願した。若い女はその白い手を、瞑想者の身体へと伸ばした。瞑想者は静かに瞑想から目を開けると、僅かに口を開いた。
「魔剣よ、そこまでしてわしから逃れたいか。わしに幻は通じぬ。消え失せよ」
 瞑想者の言葉を聴くと、若い女は忌々しげに舌打ちをした。
「この取り澄ましの堅物やろう! お前に生の喜びや、興奮、快楽などが判るものか。お前に、人の望むもの全てを手に入れる喜びを教えてやろうと言ってるんだよ!」
「わしは何も望まぬ。お前のような魔性のものによって、人が滅びの運命を辿らぬことだけがわしの望みだ。無駄なことは止めろ」
「この小汚らしい、腑抜け野郎めっ!」
 若い女はそう言って唾を瞑想者にはきかけると、不意にその姿を霧のように消してしまった。
「ふふ…焦ってあがきよるか…」
 瞑想者は静かに微笑んだ。
 瞑想者の瞑想はそれからずっと続いた。それは十年、二十年と続き、ついには五十年の歳月にもなろうとした。その間、野犬が瞑想者を食い殺そうとした。猪が地面を掘り返そうとした。雪崩を起こして、瞑想者の庵をつぶそうとまでした。
 しかし瞑想者は瞑想をやめなかった。やがて高徳で有名だった瞑想者の事を覚えている者もなくなり、誰もが山中にこもった瞑想者のことも、そして魔剣のことも口にすることがなくなった。
 やがて瞑想者が、息を引き取るときがきた。
「……魔剣よ、わしはもうこれ以上は生きられん。命あるものは必ずこうして死を受け入れる。お前の惑わすように、どうしてその死をわざわざ早める道理があろう? 何もそんなに慌てずともよいではないか」
 瞑想者は座を組んだまま、地中に埋めた剣に語りかけるように口を開いた。
「剣よ、お前も本来ならば人の心を打ち、その迷いを斬る本物の剣になりたかったろう。だが、もうよい。わしと一緒に眠ろうではないか…」
 瞑想者はそう言うと、座したまま静かに息を引き取った。誰一人知られることのない眠りであったが、瞑想者の口元には満足げな微笑が浮かんでいた。

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