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破片群



 
 『魔剣 Ⅸ 』


 その傍らにあった剣を見るなり、男は店主に声をかけた。
「…それを何処で手に入れられたかな?」
 急に声をかけられた小道具屋は、声のするほうに目を向けた。深くかぶったフードに、全身藍色の簡素な服。一目で判る「瞑想者」であった。
「瞑想者ですかい。この剣はどっかからか流れてきたもんだが、どうにも売り手がつかなくて。なんでもこりゃあ、『呪いもの』らしい。おらも持ってるのがおっかねえんだが、引き取り手もなくて困ってたんだ」
「それは使う者を不敗の剣士にするが、必ず破滅の運命を辿るという『魔剣』だ。お前が持っていればお前に身に不幸が起ころう。しかしそれくらいの剣になると、持ち手を選ぶ。引き取り手がなかったのも無理はない」
 瞑想者は感慨深げにそう言った。瞑想者の言葉に、小道具屋は恐ろしげに身を震わせた。
「そうですか、そんなおっかねえもんですか。できたらば、瞑想者さまにこの剣を引き取って……」
 小道具屋がそういい終わらないうちに、不意に一人の体格の大きな剣士が横から割り込んできた。
「おい、その剣をこちらに見せろ。かなりの業物らしいではないか」
 男の目は、何かに取り憑かれたように正気を失っていた。瞑想者は男の様子を見ると、目を細めた。
「…魔性に魅入られおったか。よほどの魔力と見える」
「おい、坊主。そこをどけ」
 男は丸太のような太い腕を、瞑想者の肩にかけた。瞑想者はそれを見る様子もなく、人差し指と中指の二本を、男の眉間に目に留まらぬ速さで突き出した。
「惑わされ者め、起きぬかっ!」
 渇っという気合とともに、瞑想者は特殊な息吹を吹いて指先に気を込めた。すると男は雷撃にうたれたように全身を震わし、そのまま後ろに倒れこんだ。
「…お、お前はいったい…」
「去ね!」
 瞑想者の一喝で、男はほうほうのていでそこを逃げ出した。瞑想者はそれを見送ると、小道具屋に声をかけた。
「この剣はわしが貰い受ける。これは世に出してはならぬ剣じゃ。わしが心中する覚悟で、これを調伏しよう」
 瞑想者はそういう言うとその剣を手に取り、何処かへと立ち去っていった。
「あ…あのお方は……高徳で有名な瞑想者のお方。ありがたいことだ、きっといいようにしてくださるだろう…」
 小道具屋はその背中に頭を下げた。

 瞑想者は剣を抱え、離れた場所にある山中の庵へと向かった。しかしその道程の間、山賊に襲われ剣を奪われそうになること二回、寝てる間に盗まれそうになることが三回。しかしその度に瞑想者は、その法力で剣を奪おうとする者たちをことごとく退けた。
 瞑想者は剣に微笑みかけた。
「ふふ…よほど、わしから逃れたいと見えて様々な手を使いおるな。しかし剣よ、お前の魔性もここまでのものと知れ。わしはお前の本性を知らずにお前に惑わされた者たちを、これ以上増やすわけにはいかん」
 やがて瞑想者は人里離れた山中の庵にたどり着いた。瞑想者はそこで初めて、魔剣を引き抜いた。
 銀色の刀身がぎらりと光を放った。
「…なるほど、見事なものだ。どれほど人の血を吸い、その輝きを増したものか。魔剣よ、今からお前を朽ち果てさせる。覚悟するがよい」
 そう言うと瞑想者は、剣の柄と刃を分解し、まず刃を取り分けた。その上で刀身を、用意してあった塩水に満遍なくくぐらせて浸した。
 その上で瞑想者は湿気の多い日陰の土を選び、そこを浅めに掘ると刀身を埋めた。そして瞑想者は、その埋めた場所の上に座り込むと、静かに瞑想を始めた。
 瞑想者の瞑想は三日続いた。その間、瞑想者は飲むことも食べることもしなかった。四日目の朝に瞑想者は剣を掘り出すと、その刀身を光にかざしてみた。
「うむ…これくらいでは弱らんか」
 瞑想者は塩水を浸したボロ切れに刀身をくるむと、山中に水と食料を求めに出かけた。準備が整うと、瞑想者は再び刀身を塩水に改めて浸し、それをまた土中に埋めた。瞑想者の瞑想も始まった。
 今度の瞑想は水も食料も傍に置いたものだったので、一週間も続いた。その一週間後、不意に庵を若い女が訪ねてきた。
「瞑想者様、お願いです。わたしの子どもが病気で苦しんでいるのです。里へ降りて、どうか救ってください」
 若い女は茨に衣服を破かれて、露になった大腿や胸元を隠しながら瞑想者にしなだれかかって懇願した。若い女はその白い手を、瞑想者の身体へと伸ばした。瞑想者は静かに瞑想から目を開けると、僅かに口を開いた。
「魔剣よ、そこまでしてわしから逃れたいか。わしに幻は通じぬ。消え失せよ」
 瞑想者の言葉を聴くと、若い女は忌々しげに舌打ちをした。
「この取り澄ましの堅物やろう! お前に生の喜びや、興奮、快楽などが判るものか。お前に、人の望むもの全てを手に入れる喜びを教えてやろうと言ってるんだよ!」
「わしは何も望まぬ。お前のような魔性のものによって、人が滅びの運命を辿らぬことだけがわしの望みだ。無駄なことは止めろ」
「この小汚らしい、腑抜け野郎めっ!」
 若い女はそう言って唾を瞑想者にはきかけると、不意にその姿を霧のように消してしまった。
「ふふ…焦ってあがきよるか…」
 瞑想者は静かに微笑んだ。
 瞑想者の瞑想はそれからずっと続いた。それは十年、二十年と続き、ついには五十年の歳月にもなろうとした。その間、野犬が瞑想者を食い殺そうとした。猪が地面を掘り返そうとした。雪崩を起こして、瞑想者の庵をつぶそうとまでした。
 しかし瞑想者は瞑想をやめなかった。やがて高徳で有名だった瞑想者の事を覚えている者もなくなり、誰もが山中にこもった瞑想者のことも、そして魔剣のことも口にすることがなくなった。
 やがて瞑想者が、息を引き取るときがきた。
「……魔剣よ、わしはもうこれ以上は生きられん。命あるものは必ずこうして死を受け入れる。お前の惑わすように、どうしてその死をわざわざ早める道理があろう? 何もそんなに慌てずともよいではないか」
 瞑想者は座を組んだまま、地中に埋めた剣に語りかけるように口を開いた。
「剣よ、お前も本来ならば人の心を打ち、その迷いを斬る本物の剣になりたかったろう。だが、もうよい。わしと一緒に眠ろうではないか…」
 瞑想者はそう言うと、座したまま静かに息を引き取った。誰一人知られることのない眠りであったが、瞑想者の口元には満足げな微笑が浮かんでいた。
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