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思索の遍歴  ロボットと人間 ①フレーム問題



 AIの専門家がコンピューター発達の歴史を振り返って、こう慨嘆したのを読んで驚いたことがある。

『AI実用化の鍵とは、なんのことはない、つまりはこの半導体素子の価格急落によるシステム規模の増大なのである。むずかしい理屈をこねるより、ともかく大容量記憶装置に膨大なデータを貯え、それを超高速で処理する。〔知恵〕より〔力〕で押しまくるのが、現在のAIテクノロジーの主流なのである。  』
 (『AI 人工知能のコンセプト』 西垣通 講談社現代新書)

 簡単にいえばAIを支える基本的な論理は単純で、その「量」が拡大しただけ、というのがその論旨であった。その基本的な論理と言うのは、現在のコンピューターにしても、それほど変わってないと思われる。
 現在のコンピューターの一般的な方式というのは、「エキスパートシステム」と呼ばれる方式である。これはデータベースを元に判断を下し実行する、という基本的な構造を持っているが、これの一般的な知識表現のモデルが「プロダクション・ルール」という論理形式である。

 これは単純に言えば、「もし~ならば~」である。このルールベースの部分が、「もしA1かつ、A2かつ、A3かつ……AnならばBである」というような条件付けとなる。コンピュターの「発達」というのは、この条件の「量」を増やしたものに過ぎなかった、というのが先ほどの記述の意味だ。
 何故、「~にすぎない」のか? この条件付けを無際限に拡大していったら、やがてコンピューターによる人工知能(AI)は、人間のような「理性」や「知性」、「意識」を持つに至るのではないか? AI研究者たちも、それを目指して頑張ってきた、という経緯が一部にはあった。

 しかしここに『フレーム問題』という、この条件プログラムの「論理的な問題」というものが取りざたされるようになった。これを社会学者の大澤真幸が、アメリカの哲学者ダニエル・デネットの著述を概要したものを取り上げてみて説明する。
 科学者たちがR1というロボットを開発した。R1は自らの予備バッテリーがしまってある部屋に行き、それを回収してくるという課題を出される。

 しかしこの部屋には時限爆弾も仕掛けてある。そこまで知らされたR1は、ただちにバッテリーを取りに行く。そしてその部屋のワゴンに、件のバッテリーが乗っているのを発見する。R1はその「ワゴン」を「部屋から出す」を実行し、バッテリーを救出しようとした。
 しかし残念ながらそのワゴンには時限爆弾も一緒に載っており、結局、爆弾は爆発。バッテリーも爆発し、R1は失敗した。R1はワゴンの上に「爆弾がある」ことを「知って」いたが、「ワゴンを出す」ことが「爆弾も一緒に出す」ということが判らなかったのである。

 そこで設計者は次なるロボットR1D1を開発する。R1D1は、「自らの直接の行為」の結果だけでなく、「自らは意図しない副次的な結果」をも推論できるように改良された。
 そこでR1D1はやはり部屋に行き、ワゴンの上にある爆弾とバッテリーを見つける。そこでR1D1は副次的な結果について、次々と推論を始めた。ワゴンを引くと車輪が回転する、その時には音も出る、ワゴンを引き出しても部屋の色は変わらない等々…。そうこうしているうちに、時限爆弾は爆発してしまった。

 さてそこで設計者はロボットに、「関係ある結果」と「関係のない結果」を区別し、その関係のない結果を「無視」するというプログラムを施した。この新しいプログラムを施されたR2D1も、また部屋へ向かう。
 しかし部屋に入った途端、このR2D1は何も行動を起こさない。何故か? 実は何千もの「無視すべき結果」を演繹しているうちに、どんどんと時間が経ってしまっているのだった。そしてやはり時間切れで、爆弾は爆発してしまう…。

 この童話のような冗談めいた話が、紛れもなく「工学的」な課題でもある「フレーム問題」というものの寓話である。これはあくまで「人間のような知性」を持ったAIを作ろうとするときに起きてくる問題であるかと思われるが、つまるところ「条件プログラム」を元に人間の知性を再現しようとするときに、極めて難しい問題が起きるということの表れなのだ。
 例えば二足歩行ロボットが最近ようやく開発されたが、まだ決まったコースを歩く以外の歩行は可能になっていない。表面のデコボコや、壁、突然現れる障害物などを避けて歩くには至らないということである。
 
 もしかしたらそれはまだこの先「AならばB」方式の条件プログラムの複雑化、大量化によって制御可能になるかもしれない。しかしただ歩くだけでも人間は、「注意すべき点」と「無視すべき点」を無意識的に使い分けてるのである。
 最近になってようやく「道路」を見分けるプログラムが開発されたと聴くが、人間にとって当たり前の「道路」「道路以外」の指標の表徴も、決して自明な条件ではないのだ。
 
 これが社会生活のレベルに及ぶと、ことはさらに膨大なものとなる。人間の感情の読み取りや、社会的ルールの受容と裏切りの戦略。そして人間の認識の根本を形作る「自然言語」の特性。
 次からのシリーズでは、「ロボットは何処まで人間になれるか?」というのを暗黙の問いにたてつつ、それを考察していこうと思う。そしてそこで見えてくるのは、「ヒト」というものの複雑さと精巧さ、その面白さだということを見ていきたい。
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