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特撮最善線  超特撮論  四、自我と倫理  ④



 
 藤兵衛=「おやっさん」とは、つまり単純に言って「父性」の存在を意味している。それは社会秩序に基づく道徳、権威、思想の確固たる存在性、体系性を象徴している。そしてこの藤兵衛の位置の変化は、権威の失墜、世界描写の変化といった社会状況の変貌と連動している。

 最も顕著なのは、60年安保で岸信介が退陣した後の首相、池田隼人の選挙戦である。それまでの選挙戦は、政策の表明とその相違が主な争点であった。大まかに言えば日米関係と憲法改正が、与党野党の大きな争点となっていたのである。
 アジアに危機があったとき、米軍に協力する形で自衛隊の参戦が認可される日米安保条約に対して、与党は推進、野党は反対の立場を取った。またそれに伴う自衛隊の認識問題で、憲法9条に係わる自衛隊の存在を認可するために、与党は憲法改正を野党はその反対を表明した。

 主たる争点はそのような極めて政治的な態度表明の問題に係わっており、そこでは逆に「倫理的な態度」を問題にする意味で政治思想が生きていた。野党の支持基盤が都市の労働者層であったのに対し、与党の支持層は財界人と農村地帯に置かれていた。
 そこでは与党の立場は現実的にアメリカに対する柔和な妥協点をとりながら、何よりもまず国内の経済基盤を整えようとする一つの態度が見られる。つまりそれは経済的に国民に答えるという点で、少なくとも一つの「倫理」的な選択とも言えたのだ。そのような政治的態度が争点であった50年代の選挙戦に対し、池田首相の当選選挙には全く異なるマス・メディア向けの戦略が取られた。

 それは政策の対立点を保留し、国民に親しまれやすい「人物性」をテレビでアピールすると共に、「所得倍増」などの判りやすいキャッチコピーが使われた。
 つまりその選挙はそれまでの有識者に対して行われたのではなく、「大衆」に向けられたものだったということが理解できる。つまり時代は「思想」という倫理の時代から、「経済」という消費=欲望に向けられた時代へと以降していったのである。

  その決定的転換は70年代におけるマルクス主義の実際的失墜に、その一因が伺えるであろう。68年、チェコにソ連軍が進行したのを皮切に、それまで最も倫理的な思想、倫理国家を体現していると西側諸国の知識人に信じられてきたマルクス主義と社会主義国家が、次第にその幻想性を顕にしてきた。
 ソ連の秘密警察による抵抗者の弾圧の実態が次第にジャーナリズムによって伝えられ、また同時に西側世界に浸透してきた消費社会の到来が社会主義圏に対する幻想をうち崩しつつあった。そして日本において「よど号事件」や「浅間山荘事件」といったマイナスイメージの事件が起こるに連動して、マルクス主義的な社会描写それ自体が、もはや新しい大衆消費社会に見合わないものとして捨てられていくことになったのである。

 64年の新幹線開通と東京オリンピックの開催、そのオリンピック熱に乗じて浸透したテレビの普及は、新しい消費社会の到来を告げた。と同時に、社会が「自己像」を描写する上で、それまでの新聞や著書のような活字メディアから、全く異なる映像メディアが「大衆の幻像」を--新しい時代の社会認識の到来を用意していたのである。
 しかしテレビのような「大衆(マス)」向けのメディアは、映像によって直接的な表現力を持つが、体系的な世界像を脳裏に構築することには不向きである。しかし映像時代の到来は、映像が持つそのような非体系的性格を、映像の力が「忘却」させる時代が来ることも意味していた。そして何より決定的だったのは、それまでの主たる社会理解の綱であったマルクス理論の体系が、現実的に捨てられたことである。
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