忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

思索の道程  モラル・ハラスメント加害者のタイプ



 被害者に続いて、加害者のタイプも引用抜粋してみようと思う。引用元は前掲書『モラル・ハラスメント』から。

「モラル・ハラスメントの加害者は『自分を称賛してもらう』ために他人を必要とする。そこで他人と関係を持つことになるのだが、その関係の作り方は相手を惹き付けるという形で行われる(モラル・ハラスメントの加害者が魅力にあふれているというのはよく指摘されることである)。
 こうして獲物を捕えると、あとは必要に応じて利用できるように、自分の周りにつなぎとめておく。加害者にとって他人は存在しない。その姿を見てもいなければ、その声を聞いてもいない。他人はあくまでも『利用価値があるか』どうかだけなのだ。モラル・ハラスメントの加害者の論理では、他人を尊重するなどという考えは存在しないのである」


「モラル・ハラスメントの加害者ーすなわち『自己愛的な変質者』の問題は、まず第一に自分の空洞を解決することである。この空洞に立ち向かわないようにするために(立ち向かうことができればモラル・ハラスメントの加害者にはならない。実際、加害者にならないような人間はそうしている)、加害者はそこから逃げることを考える。逃げるというのは、他人の存在でこの空洞を埋めることだ。
 その他人とは加害者の内面でいちばんはっきりとした形をとっている人物、つまり母性的な人物である。被害者に対する愛と憎しみはそこから生じる。」

「モラル・ハラスメントの加害者は、自分が持ってないものを持っている人を見たり、人生から喜びを引き出している人を見ると、激しい羨望を抱く。そこで相手の持っているものを自分のものにしようとする。
 その対象は上流社会や知的な集まり、あるいは芸術の世界に入りたいなどという社会的なものであることもある。その場合、加害者はまずそういった世界に導き入れてくれる相手を惹きつけ、その社会に入る力を手に入れる。
 そうして、ひとたびその目的を達すると、今度はその相手の自己評価や自信を揺るがし、自分の価値を高める。そうやって相手のナルシズムを自分のものにするのだ」

「幼い頃に深く傷つけられたという経験から、モラル・ハラスメントの加害者は自己実現(自己の理想を達成すること)ができない。そこで自己実現をはかっている他人、それができるものを持っている他人を羨望の目で見つめることになる。この羨望は結局は破壊に向かう。
 すなわち、誰かに対して羨望を抱いたとき、モラル・ハラスメントの加害者は自分が努力して相手と同じようになろうとはしない。自分のことは脇において、他人の幸福を破壊しようとするのだ。

 そういったことから、モラル・ハラスメントの加害者は誰かが楽しんでいるのを見ると、それがたとえ自分の子供であっても、その楽しみを妨害しようとする。そこには相手に対する愛情はひとかけらも含まれてはいない。
 あるのは羨望にもとづいた強い憎しみだけだ。モラル・ハラスメントの加害者は誰かを愛することができない。そこで、普通の人間であれば他人と持つことができる単純で自然な関係を歪め、相手を破壊しようとするのである」

「相手から自由を奪い、その精神を破壊しようとするのは、自分の身を守るためでもある。楽しんでいる人間、幸福な人間を見ると、モラル・ハラスメントの加害者は惨めな気持ちになって、そんな自分を受け入れることができない。そこで相手を破壊して、その惨めな状況を解消しようとするのだ。
 相手が苦しんでいるのを見れば、それだけ自分が幸福に思える。すなわち自分に自信を持つためにも、加害者は相手を破壊しなければならないのである。
 同じことは『知識』や『能力』についても言える。モラル・ハラスメントの加害者は絶えず誰かの悪口を言っている。そうすることによって、自分が全能であることを確認しているのだ。『他の人々が駄目な人間であれば、自分はそれよりも優れている』というわけだ」

「モラル・ハラスメントの加害者は、まず何よりも他人の人生を羨望する。他人が人生に成功したのを見ると、いやがおうにも自分の人生の失敗を思い知らされるからだ。加害者は自分の『不幸な人生』に不満を持つ以上に、他人の『幸福な人生』に不満を持つ。モラル・ハラスメントの加害者にとって、人生とは複雑で、試練に満ちて、決してうまくいかないものでなければならないからだ。
 その結果、人生に対して持っているこの軽蔑的な見方や慢性的な不満をほかの人々にも押し付けようとする。ほかの人々の喜びを妨害し、世界が悪意に満ち、他人が悪意に満ち、そして相手が悪意に満ちていることを証明しようとする。自分が持っている悲観的な見方を押し付けることによって、加害者は相手を抑うつ状態にする。それから、おもむろに相手を攻撃するのだ」

「モラル・ハラスメントの加害者は自分が子供の頃に経験した被害者の立場から抜け出すために、相手を攻撃しているのだ。ところが、加害者のこうした被害者的な態度を見ると、本物の被害者のほうはそれに惹かれて、同情し、加害者を慰めたくなる。
 これは加害者の攻撃が激しくなって、被害者のほうがさすがに『被害にあってるのは自分のほうではないか?』と気づいて、加害者から離れていくまで続く。
 だが加害者はそうなっても他人に危害を加えることをやめるわけではない。相手に見捨てられると、それによってまた被害者の地位におさまり、自分を慰めてくれる別の相手を見つけるのだ」

「相手を嘲弄したり皮肉を言ったりと、加害者が言葉による攻撃を仕掛ける裏には論争を行って相手に反発させたいという気持ちも含まれている。モラル・ハラスメントの加害者は論争好きなのだ。
 加害者が直接的なコミュニケーションを避けたり、相手との対立を認めないということからすると、これは一見矛盾するように見える。だが、加害者の自己愛的な性格を考えると決して不思議なことではない。加害者は相手を支配下において、相手に反発されても自分が脅かされないという状態を作ったうえで論争を仕掛けるのである。
 またその論争とは自分が勝つためのもので、決してまともな論議ではない。相手を貶め自分が偉く感じられれば、目的は達成されるのだ」

「モラル・ハラスメントの加害者の言葉の使い方でもう一つ特徴的なのは、難しい専門用語や抽象的な言葉を使って、独断的に結論を下すことである。相手はいくら考えても加害者の言ってることがわからない。かといって、嘲弄されるのを恐れて、説明を求めることもできない。その結果、加害者の言うことに反論できなくなってしまうのである。
 加害者の行うこういった議論は冷たく観念的で、聞いてるほうは考えることも反論することもできなくなってしまう。加害者は本来の意味などおかまいなしに会話のなかに専門用語をちりばめ、表面的な知識をふりかざしていかにも物知り顔で話す。そうやって、相手を圧倒するのだ。
 それを聞かされたほうは、あとから思うことになる。『私は騙された。あの人の言ってることにはなんの意味もないではないか。ああ、どうしてあの時、そう言い返さなかったのだろう』と…。
 加害者にとって大切なのは、会話の内容ではなく形式である。相手に理解できないことを言って、相手が議論に疲れてしまえばそれで勝ちなのだ」

 …長い、ちょっと長すぎたな。以前に書いた『闇教育』についてなどとも対照してみると、かなり関連性のある現象だということが判るかと思われる。
PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カレンダー

09 2018/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R