よく判らない攻撃と支配を受け続けた被害者は、精神的に追い込まれる。その結果、被害者はもがくような行動をとるが、その時の加害者の反応を見てみよう。引用は前掲書『モラル・ハラスメント』から。
「モラル・ハラスメントの加害者は被害者を支配下におく。だが、ここで被害者がその支配に抵抗すると、加害者の心には憎しみがわきおこる。これまでは利用価値のある『モノ』にすぎなかった相手が、突然、危険な存在になるのだ。この危険はどんなことがあっても遠ざけねばならない…。こうして加害者は被害者にモラル・ハラスメント的な暴力をふるいはじめる。
加害者の心に憎しみが表れるのは、被害者がほんの少し自由を取り戻そうとして行動に出たときだ。状況がはっきりとはつかめないものの、被害者は目に見えない相手の攻撃に歯止めをかけようとする。『こんな状況はもうたくさんだ!』被害者はそう宣言するのだ」
「だが相手が自分に距離を置こうとしていると感じると、加害者はパニックに陥り、それまでよりも激しい攻撃を加えていく。
相手が自分の考えを表明したら、それは放ってはおけない。すぐに黙らせなければならないのだ!
この時に加害者の心にわきおこってくる憎しみは、ほとんど憎悪と言ってもいいくらいのものだ。そして、この憎しみは相手に対する侮辱や嘲弄の言葉によって表される。
モラル・ハラスメントの加害者は直接的なコミュニケーションーつまり相手との話し合いを恐れる。そこで侮辱や嘲弄の言葉で会話を阻むことによって、いっぽうでは話し合いを避け、もういっぽうで相手を傷つけようとするのだ。
これに対して被害者のほうはどんなことがあっても話をして判りあいたいという気持ちから自分の考えをぶつけていく。だが、そんなことをすればするほど加害者から攻撃され、苦しみのあまりついに感情を爆発させることになる。
加害者にとってはこれがまた我慢ならない。そこで相手を黙らせようと、ますます攻撃の手を強める。また相手が弱味を見せた場合には、ただちにそれを利用する行動に出る。
だが被害者に対するこの憎しみは、被害者が反抗したことによって突然わきあがったものではない。もともと被害者を支配している段階から加害者の心のなかにあったものなのだ。
しかし、これまでは支配と服従の関係を固定する目的で、加害者の心の中でも慎重にそらされ、覆い隠されてきた。それがこの段階になって、急に表面に浮かび上がってきたのである。そうなると、加害者は徹底的に相手を破壊しようとして、さまざまな暴力をふるうようになる。
ここで大切なのは、愛が憎しみに変わったのではないということだ。そうではない。羨望が憎しみに変わったのである」
「モラル・ハラスメントの加害者は相手のなかに自分が望んでいるものを見つけると、それを手に入れようとして近付く。だが望みどおりにそれが手に入らないと相手を憎むようになる…。憎しみはそういった過程でわきあがってくるのである。
この憎しみが加害者の心の表面にあらわれると、それは相手を破壊し、消滅させたいという欲望を伴う。また、この憎しみは決して消えることがない。モラル・ハラスメントの加害者は憎しみを持ち続けるのだ!
憎しみの理由が他人には筋の通らないものであってもかまわない。加害者にとっては相手を憎むのは当然のことで、「だって、そうなのだから、そうするよりしかたのない」ことなのだ」
「この憎しみを正当化するのに、モラル・ハラスメントの加害者は『相手から攻撃を受けたからだ』という論法を使う。相手が攻撃をしてきた以上、自分が相手に行うことは正当防衛なのだ。妄想症の人と同じように、モラル・ハラスメントの加害者には被害妄想がある。
その結果、相手から攻撃など受けてないのに、先まわりして防衛行動をとり、時には法律を犯すようなことをしたり、また自分にとってそれが有利だと判断すれば訴訟を起こしたりもする。
モラル・ハラスメントの加害者にとって、うまくいかないことはすべて他人のせいだ。他人はいつも自分を傷つけようと結束して陰謀を企てているのである。
またモラル・ハラスメントの加害者は『感情の投影』によって、自分のなかの憎しみを被害者のものとし、被害者が自分を憎んでいるのだと想像する。その結果、加害者の目には被害者が暴力的で破壊的な恐ろしい怪物のように映っている…。
だが実際にはこの段階で、被害者は加害者に対して怒りも憎しみも感じていない。実を言うと、怒りや憎しみを感じることさえできれば、自分の身を守ることもできるのだが、そうはできないのだ。
いっぽう加害者のほうは、自分の悪意を相手に押しつけ、向こうから攻撃される前にと被害者を攻撃する。加害者にとって、悪意を持ってるのはいつも被害者のほうなのである。このように、モラル・ハラスメントの加害者が相手に憎しみを投影するのは、精神医学的に見れば、より重大な精神病から身を守る方策だと言える」
モラル・ハラスメントの加害者の攻撃衝動は、実は自己防衛による投影である。その意味では「必要以上に」外界を警戒していると言ってもいい。その自己防衛の心から、加害者は他者の支配しようとするのである。
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