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心が叫びそうになった

ロードバイクに乗って、実家に帰ることがたまにある。



その時に通る道は様々で気持ちが揺らいでいたら、遠回りすることもあるし、頭の中でこうだなと思えたら、すんなり帰れるときもある。


でも、いつも通る道で、宝塚駅の近くに、手塚治虫博物館の標識を何度も目にする。


彼の作品はなかなか面白くて、日本を書かれているなって思う。


仏教についてとか、お釈迦様とか、輪廻転生の話とか前世とか、人々の苦を具体化して書いてる。


彼の仕事の話を林修の生きざま大辞典で観たときは、敵わないって思った。


なぜなら、彼は、誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝る。仕事人間だった。


なぜ、そんなことができるのか。


それは、戦争が彼をそうさせたんだって言ってたような気がする。


目の前で人が死んだんだ。


それが、彼をそうさせる原因だって聞いたときは、泣いた。


そして、もともと医者であった彼がなぜ、マンガの道を志したのかというと、母の言葉があったからって言ってたと思う。



それで、私も、誰かの死を経験して、その重みを知っているから、彼の生き方に同調できる。


その悲しさや辛さは、その人じゃないと分からないと思う。

トラウマとなって、何度も苦しめたんだろう。

そこにはもうない何かに、苦しめられたんだ。本当、見えないものってマジで厄介。



っで、この話と似た話があって、本当、出会うべくして出会ったんだなって思うのが、バイト先の課長の話。



本当に、この人は人を扱うのに長けてた人だって本気で思う。


でも、その内部には、色々な悲しみや苦しさがあること、なんとなく、分かる。



っで、話を聞いてみると、お父さんが女の人作って、出て行って、母は癌で亡くなったって聞いた。その時、医者になりたいと思ったって言ってた。でも、なれなかったって聞いた。その後、結婚するんだけど、恩師に絶対出て行ったお父さんに会いなさいって言われたから会ったら、号泣してたって聞いた。


そんな日、来るんかな?私は父に対する憎悪がすごかったから、疑ってみたけど、距離を取るようになって見えない部分が見えるようになって、ようやく、ちょっとは許せるようになった。


だからこそ、出会えた人がいるとも思う。



それって、あってほしくないことだけど、あったからこそ、生まれた縁なんだって思うから、なしにしたら、いけないものなんだって思った。




誰かを亡くした悲しみって言うのは、本当にどうしようもなくて、稀有なもので、でも、そのうち、みんな経験することだから、自分だけが不幸なんて思う必要もないって最近になって思えてきた。


どうせ、そのうち、そうなる。だったら、最初からそうあるように生きたら良い。背伸びしたって良いじゃん。届かなくても、手を伸ばしたって良いじゃん。だって、じゃないと、自分が後でしんどくなる。今のうちに苦しむか、後になって苦しむか、そんなのは自分で選べば良い。



その人の生き方なんだから。



ありがたいと思う心で生きるのか、はかないものだなと思う心で生きるのか、そんなのは自分で決めたら良い。

誰もが、この瞬間は初めてなんだ。


どうなるのかなんて、今の自分が一番分かってんだ。だったら、そうならないようにするまで。

前と同じ結果に納得してたら、次から次へと来る人に追い越されてしまう。そうならないように、逃げ切る。いつかは追い越されてしまうかもしれないけど。でも、逃げても、ダメなのは、ずっと前から分かってるんだ。


覚悟を決めて、その身をどうにかするしかないんだろう。

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