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生きるということを真剣に考えてみた結果

人生を考えているとどうしても自分ではコントロールできない問題が出てくる。

これは誰にでもあることだ。

すべての生物に言えることだ。

例えば、生きたい、生きたいって思っていても、心臓が止まったら、体は死んでしまう。

こう表現することができる。

心臓「ちょっと休むわ」

っで、始まりがあれば、もちろん、終わりがある。

だいたい生まれた瞬間から死の宣告を受けている。

だから、一生懸命生きてみるしかない。

一生懸命したからってどうしようもないことはどうしようもないけど、ただその終わりまでを真剣に生きたってことにはなるから、それは意味のある人生だったって言えると思う。


そんで、生きるってどういうことか、生まれるってどういうことかを考えたら、こんなことに気付いた。


生まれるのは女性からなんだ。
なぜ、女性の方が脂肪が多いんだろうって考えたら、おそらく守らないといけないからだと思う。男性は女性より筋肉が多いから力がある。でも、体内に何かをそのままの状態にしておくことはできない。
作ることはできても、保つことはできないのが、男の特徴だ。
女は守ることはできても、自らそれを作ることができない。それが女の特徴だ。


昔、なんでお腹の中に赤ちゃんができるのかって考えたら、体の中心だからって思ったんだ。
大切なものだから、体の中心にある。

そんでな、当たり前のことなんだけど、私が生きているってことは、お母さんがいたってことだ。みんなにもお母さんって呼ばれる女性がいたのは事実。

っで、そのお母さんにもまたお母さんがおって、そのお母さんにもまたってさかのぼって行くと、ずっと生きてきたんだってことが分かる。

心臓が動いている間にもう一人の命があった。これだけは紛れもない事実。

そう考えるとすごいよなって思う。

戦争があった時代も生きていたんだ。

まともにご飯を食べられなかった時代もあったのに、生きてきたってことだけは残る。


そんでな、誰かに育ててもらったっていうのも事実として残る。

お母さんが育ててくれたかもしれないし、乳母に育てられたかもしれない。おばあちゃんに、それともおじいちゃんに?誰に育てられたか分からないけど、自分が独り立ちするまでちゃんと守ってもらっていたのは事実なんよな。


どんな人間にもお母さんがおって、誰かに育ててもらったってことは分かる。

それぞれの家族がそれぞれの子供に意味を持って名前をつけたのも分かる。

明治以前は、名前をころころと変えてたみたいやけど。


っで、この前、気付いたことがある。


合っているかどうかは分からないんだけど、田中、高橋、佐藤、鈴木って名前の人は、だいたい何か特技を持っていると思う。体が人より強かったり、勉強がよくできたりすると思うんだ。


なぜかって言ったら、この名前は、日本全国でよくある名前だから。

生きるってかんたんなことのように思えるけど、全然そんなことない。


病気だってすることもあるし、貧乏になることだってある。
でも、そんな中で繁栄するっていうのは、偶然では起こりえない。
つまり、この名前を持っている人たちは、足腰が丈夫で、物事を理論的に考えたりすることができる人たちだと思うんだ。

勉強ができるっていうのは、努力の場合もあるし、才能もある。
何かを考えるセンスを持っている場合もあるんだ。。


っでな、どの時代にもしんどくて、きついことってあったと思う。
今は、近代主義で、生産、生産ってなってるけど。

そんな中でも戦っていけるのは、やっぱり強い精神や肉体を持っているんだと思う。


どんな状況になっても、自分を裏切らないし、仲間を裏切らない。

だからこそ、生きていけるんだと思う。


そんで、そんでな思うんだけど、大人になって一番辛いのは、守ってくれる人が誰一人いないってことなんだ。


味方になってくれる人がいないってこれほど辛いものはないなって思う。


自分には、昔、母親がいたんだけど、この時代に合わせていけなくて、亡くなってしまったんだ。
今さらどうのこうの言ったって始まらないんだけど、言っておきたいことがある。


生産、生産で過剰なまでに物が溢れた世の中に忘れたものがある。

人のこころだ。

私の母親は戦後すぐの子供でな、一応、高校まで出て、銀行員やってて、お父さんと結婚するまで働いていたんだけど、結婚してから一気に貧乏になったんだ。

お父さんは、誰でもできるような仕事をひたすらやってて、給料が少なかったんだ。朝ご飯はなんてものはなかったし、いっつもふらふらしながら行ったことを覚えている。

っでな、仕事を一生懸命お父さんはやってたんやけど、やっぱり給料が少ない。
お金がなくて、お母さんはずっと嘆いてた。

っで、お父さんはな、何か気に入らないことがあると私に八つ当たりしてくることもあったんよな。

っで、大人になってみれば、分かったことがある。
生産、生産ってあちこちに工場があってさ、そこで働く人がいるやん。体を壊したら、それで終了みたいな世の中がある。これって私、腐ってるなって思うねん。

怠けてて、お金が出ないっていうのは分かる。けど、一生懸命やって、体壊したんやったら、やっぱりサポートが必要やと思うねん。

やれるときにやってんのに、なんか非情やなって思う。


そんでな、大人になったらさ、誰かがこうしたらええよって教えてくれるわけじゃないから、自分で判断しないとあかん。
答えを作るってことやね。これって酷いと思う。今まで散々、年長者の言うことは絶対聞こうねって言われてて、お利口にしていた子供を一気に突き放す。

それなら、それでちゃんと教育せぇよって思うねん。


みんな同じじゃないといけません。
こうじゃないといけません。って価値観を押し付けておいて、社会に出たら、いきなりお前の責任やからなって言う。

それがむかつく。


私のお母さんは機械音痴で、昔、ビデオの録画もろくにできやんかった。
時代に取り残された人間は、必死に自分の生き方探して、できないことはやらないってなって、チャレンジできひん世の中になってる。

教育は形式ばっかりで中身が充実していないから、あかんって思う。


かたちだけやればええと思うなよって昔思ってた。
まだ理解できていない事項があっても、学年があがれば、次から次へと新しいものを習う。
ひとりひとり成長のスピードが違うのに、理解力も違うのに。


っで、取り残される。
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