『魔剣 Ⅹ 』
ある村に年老いた母親と暮らす若い農夫がいた。農夫は賢くはなかったが篤実で、勤勉に働き、人の手助けを厭わないので、村の皆から愛されていた。
ある日、農夫が新しい畑を耕していると、鍬にカチリと当たるものがあった。掘り起こして見ると、それは一本の錆びた鉄剣であった。赤黒くなったその刀身を、農夫は不思議そうに見ていたが、やがてそれを持って村はずれの学識者の家へと向かった。
「先生、おらの畑から、こんなもんが出てきただ」
「おお、これは剣だな。大分、錆びておる。どれ、ちょっと見せなさい」
学識者はそう言うと、錆びた剣を手にとってあちこち眺め回してみた。
「うむ…かなり古いものだが。刃こぼれ一つない、なかなかの名剣だったと見える。砥ぎ師に頼めば、再び元の姿を取り戻すかもしれん。そうすると、結構な額で引き取る者もあるだろう。どうだ、私が知る者に頼んでやろうか」
「いんや、先生、おらそんなことを聞きに来たんでねえだ」
「む? するとお前は、何をしにきたんだい?」
「先生、おらの畑から出てきたものは、誰のものだか?」
「うん…そりゃあ、お前のものだろう」
「そうかい、じゃあ、こいつはおらが好きにしていいんだね」
「ああ、それは構わないが…いったい、どうするつもりだい。私に任せれば、悪いようにはしないよ」
学識者は何故か、不意にその錆びた剣を渡すのが惜しいような気持ちがして、農夫にそう言ってきかせようとした。しかし農夫はにこにこ笑って首を振ると、黙って手を出した。
「いやあ、おらそいつの使い道は考えてあるんだ。先生、ありがとうございます」
「う…うん、そうか。まあ、お前の好きにしなさい」
学識者は心残りな気持ちを抑えながらも、剣を農夫に返した。
農夫は今度は、村に一軒だけの鍛冶屋のところへ出かけていった。
「おやじさん、こいつを打ち直してくんないかね?」
「こりゃあ、昔の剣じゃないか。こんなもん、どうしたんだい?」
「おらの畑から出てきた。これを鍬の刃先に直せるかい?」
「どれ…」
鍛冶屋は手渡された剣を見ると、すっと目を細めた。鍛冶屋はそれほど目利きのできるほうではなかったが、その剣が普通の剣でないのは見て取れた。
「おい、こいつは大変な代物だぜ。こんな剣は、普通の鍛冶屋に打てるもんじゃねえ。こんな肌理の細かい鉄身は、誰にでも打てるもんじゃねんだ。こりゃあ、名剣ってやつだ。それにこいつは、まだ生きてる。砥ぎにかけりゃあ、業物として売れるがな」
「先生にもそんなこと言われただ。けど、おらは別に剣なんかいらねえし、第一、おっかねえや。それより鍬がもう、駄目なんだ。新しい畑は土ん中に岩がごろごろしててよ。すぐに刃先が駄目になっちまう。おら、こいつを溶かして、鍬の刃先にとっつけて欲しいんだ」
鍛冶屋はにこにこ笑ってそういう農夫を凝視した後、剣に視線を戻した。一瞬、間があって、鍛冶屋は答えた。
「…ま、お前のもんだ。好きにするがいいさ。打ち直せというなら打ち直すのが俺の仕事よ」
「頼むよ、おやじさん」
農夫の頼みを聞くと、鍛冶屋は剣を手に取り、赤く燃えたぎる炉の方へ剣を近づけた。
「ん?」
鍛冶屋はその剣を持った手が少し痺れたような気がしたが、気のせいかと思いなおし、再び錆びた刀身を炉に近づけた。刀身が、赤く焼けた炉のなかで溶けていく。
その時、怪鳥の鳴き声のような、小さな悪魔の断末魔のような音がした。鉄の溶けるときの音だったが、鍛冶屋は不思議に思いつつ首をひねった。音は細く長く続き、次第に完全に消えてなくなった。
「うん、こりゃあ使い心地のよさそうな鍬だ!」
鍛冶屋に打ち直してもらった鍬を手にとって、若い農夫は満足げに微笑んだ。農夫はその以前は『魔剣』と呼ばれていた鍬を担ぐと、母親の用意する夕餉を楽しみにしながら家路についた。
(完)
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